大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

福岡高等裁判所 昭和55年(ネ)626号 判決

控訴人・附帯被控訴人 青木行高

被控訴人・附帯控訴人 富永勉

参加人 農林水産大臣 ほか一名

代理人 田中清 南新茂 ほか一名

主文

控訴並びに付帯控訴に基づき、原判決を次のとおり変更する。

被控訴人(付帯控訴人)の本訴主位的請求を棄却する。

控訴人(付帯被控訴人)は、別紙目録記載の土地につき被控訴人(付帯控訴人)のため竜北町農業委員会に対し農地法三条の所有権移転許可申請手続をせよ。

別紙目録記載の土地につき控訴人(付帯被控訴人)が所有権を有することを確認する。

控訴人(付帯被控訴人)のその余の反訴請求を棄却する。

訴訟費用は、第一、二審を通じ被控訴人(付帯控訴人)と控訴人(付帯被控訴人)とに各生じた分をいずれも二分し、その一ずつを各自の負担とし、その余は、参加によつて生じた分を含め全て参加人らの連帯負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

(控訴人(付帯被控訴人―以下控訴人という。))

「原判決を取り消す。被控訴人(付帯控訴人―以下被控訴人という。)の本訴請求を棄却する。別紙目録記載の土地につき控訴人が所有権を有することを確認する。被控訴人は控訴人に対し前項記載の土地を明け渡せ。付帯控訴を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言

(被控訴人)

「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決並びに、付帯控訴に基づく予備的請求として「控訴人は、別紙目録記載の土地につき被控訴人のため竜北町農業委員会に対し農地法三条の所有権移転許可申請手続をせよ。」との判決

第二各当事者の主張 <略>

第三証拠関係 <略>

理由

一  本訴、反訴を通じて、県知事が昭和四二年二月二五日頃、法(編注・昭和四七年法律第三七号による改正前の土地改良法)九四条の八第三項の規定に基づき、国営不知火地区土地改良事業に係る和鹿島工区の埋立予定地のうち、被控訴人に対し四三番一号の土地の配分通知書を、控訴人に対し四四番一号の土地の配分通知書をそれぞれ交付したこと、その際の土地の配分計画では、四三番一号と四四番一号の土地の区割りは別紙図面(二)記載のとおり他の土地のそれとは異なつており、配分通知書によると四三番一号の土地の範囲は別紙図面(一)の〈ロ〉〈ハ〉〈ニ〉〈ホ〉〈ヘ〉〈ト〉〈ヌ〉〈ロ〉を順次結ぶ直線内の部分であり、四四番一号の土地の範囲は同図面の〈イ〉〈ロ〉〈ヌ〉〈ト〉〈チ〉〈リ〉〈イ〉を順次結ぶ直線内の部分であつたこと、農林大臣は昭和四三年三月三一日付で県知事に対し公有水面埋立法四二条二項の規定により和鹿島工区の埋立工事の竣功通知をしたこと、以上の事実は当事者間に争いがない。

なお、<証拠略>によれば、参加人らの主張第一項2のとおり、法九四条の八第一項の農林大臣の土地配分計画作成に関する権限、令(編注・昭和四七年政令第三九九号による改正前の土地改良法施行令)七二条一項二号の規定による地区の指定に関する権限等は地方農政局長が専決処理しうることになつており、九州農政局長は、農林大臣の名をもつて和鹿島工区に係る土地配分計画を作成し、昭和四一年九月五日付で県知事に対しその旨の通知をするとともに、同工区につき法九四条の八第一ないし三項、第五、六項の規定による権限を県知事に委任するため、同工区を令七二条一項二号の規定に基づく農林大臣の指定する地区と定め、同日付で県知事に対しその旨の通知をしたこと、右作成された土地配分計画には、四三番一号、四四番一号の各土地の区割りを横割りとした土地配分図が添付されていたことをそれぞれ認めることができる。

二  本訴、反訴を通じ、本件においては前記土地配分計画ないし土地の配分通知書による配分処分が有効に変更されたか否かが争点となつているので、この点について検討する。

<証拠略>を総合すれば、次の事実が認められる。

1  県知事は前記の土地配分計画に従い、土地の配分を受ける者を選定し、抽選によりおおむね二ヘクタールに区画された土地の二区画ずつを各人に割り当て、その結果被控訴人は四三番一号のほか同番二号の土地につき、控訴人は四四番一号のほか同番二号の土地につき、それぞれ配分通知書の交付を受けた。この当時、横割りによる四四番一号の土地の方が四三番一号の土地に比較して二〇ないし三〇センチメートル位地面が高かつたが、入植者としては一般に水の流れ込みを嫌い、低地よりは高地を好む傾向があつた。

控訴人、被控訴人らは昭和四二年五月頃干拓地に入植したが、当時全部の土地が耕作可能な状態ではなかつたので、仮水路等が設けられた土地で他の入植者らと共同作業をとりあえず行つた。

2  和鹿島工区において配分通知書の交付を受けた入植者らのうち二五名は、法八五条一項の規定により県営和鹿島地区土地改良事業(圃場整備)を計画し、同年七月右計画の概要を公告したうえ、法三条の資格を有する控訴人、被控訴人らの同意を得て、県知事に対し右事業の施行の申請を行つた。しかしながら、右計画においては横割りによる四三番一号の土地に対する用水施設の設置等に留意がなされず、これが怠られていた。

県知事は右申請につきこれを適当と認め、同年九月初め県営圃場整備事業の施行を決定し、その事業計画書の写を縦覧に供したが、これに対し異議の申立てをした者はいなかつた。そして、同月三〇日起案され、翌一〇月五日県知事の決裁を受けた工事施行伺の別紙として添付された圃場整備事業の設計書においても、整地計画平面図では四三番一号と四四番一号とは横割りに区割りされているが、計画平面図ではこれが縦割りに区割りされているといつた不整合な状態がみられた。

3  熊本県八代事務所の職員は、控訴人、被控訴人の配分を受けた土地のみが横割りのままでは、四三番一号の土地についての用水施設の設置等に支障を生じるため、直接に、あるいは不知火干拓地改良区の理事らを通じて控訴人及び被控訴人に右の事情を説明し、その配分を受けた土地を横割りから縦割りに割り替えることの承諾を求めた。被控訴人は、これを承諾したが、控訴人は前記のとおり横割りによる四四番一号の土地の方が地面が高かつたため、不満を表明し、担当職員らの説得により、ようやく同年一二月末頃不承不承ではあつたがこれを承諾した。この際、控訴人は、縦割りにより配分されるべき土地から石礫が出た場合は県においてこれを除去すること、控訴人が他に配分を受けた四四番二号の土地に盛土をすることを要求し、熊本県の側ではこれを了承した。

そこで県は、昭和四三年一月頃四三番一号と四四番一号の土地を均平したうえ縦割りに区画し、その境に畦畔を設けた。同年二月、担当職員や土地改良区の理事らは、横割りによる四四番一号の土地の方が良質であつたとの見地から、縦割りによる配分土地を控訴人に優先的に選択させることにし、このことにつき被控訴人の同意を得たうえ、控訴人にその選択をさせたところ、控訴人は南西側の区画を選択し、その結果は被控訴人に伝えられた。

前記控訴人の要求については、縦割りによる四四番一号の土地から石礫が出なかつたためその除去の必要は生ぜず、四四番二号の土地の盛土はその後県においてこれを履行した。

4  昭和四三年一一月頃入植者らによる共同作業は終わり、その頃から被控訴人は縦割りによる四三番一号の土地を耕作し、その土質の改良等に努めて現在に至つている。一方、控訴人は、右共同作業が終わつてから二、三年間縦割りによる四四番一号の土地を耕作したほか、その後二年間程これが自己の所有地であることを前提に休耕奨励金を受領した。その間、控訴人は、昭和四四年三月頃、先に縦割りによる両土地の境に設置されていた畦畔を無視し、横割りによる両土地の境に畦畔を設けようとして被控訴人との間に紛争が起こつたが、土地改良区の理事らの説得で控訴人がこれを中止し、紛争は治まつた。ところが、昭和四六年八月に至り、控訴人は再度同様にコンクリートの畦畔を設置し、本件訴訟が提起された。

5  なお、圃場整備事業は前記の事情により四三番一号の土地と四四番一号の土地を縦割りとする前提で実施された結果、横割りによる四三番一号の土地には用水施設がなく、これを現在他の干拓地と同様な状態にするためには、新たな水利施設や農業機械の進入路の設置工事が必要である。

以上の認定に反する原審及び当審第一ないし三回の控訴人本人の供述は、前掲各証拠に照らして採用することができず、他に右認定を妨げるに足りる的確な証拠はない。

以上の事実関係のもとにおいては、県知事は、九州農政局長が農林大臣の名をもつて作成した配分計画及び県知事が控訴人と被控訴人に対し配分通知書を交付してなした配分処分を県営圃場整備事業を施行する過程において、事実上変更したものと考えられる。

ところで、九州農政局長が農林大臣の名をもつて作成した配分計画について、当該処分を行つた行政庁又はその監督行政庁ではない県知事がこれを変更する権限があるとは考えられないけれども、この点を別としても、法九四条の八第三項の配分通知書の交付を受けた者は、同第四項の規定により当該配分通知書に記載された場所の埋立予定地を含む地域に係る当該土地改良事業の完了の期日において、当該埋立予定地につき造成される埋立地又は干拓地の所有権を取得することとされているのであるから、本件のように配分さるべき埋立予定地の区割りを横割りから縦割りに変更し、その所在の場所を変更するにあたつては、そのような変更が公益上の必要等から許される場合であつても、相手方の信頼を保護し、その法的地位の安定を図るため、少なくとも、相手方を含めた利害関係人に変更された内容を明確にし、かつ権利主張、不服申立の機会を与えるべく書面によりこれを通知することが不可欠の要件であると解される。配分通知書の交付によりなされた配分処分を書面によらず、あるいは事実行為として有効に変更し得る旨の被控訴人ないし参加人らの主張は採用することができない。

そうすると、本件においては、前記のとおり、県知事が県営圃場整備事業を施行する過程において事実上配分処分を変更したに過ぎないのであるから、配分処分が有効に変更されたということはできない。被控訴人及び参加人らは、控訴人において配分処分を変更する処分の無効を主張することが信義則上許されない、あるいはその瑕疵が治癒されたというけれども、配分処分を有効に変更するうえで不可欠の要件の履践がなく、その旨の行政処分の存在すら疑われる本件においては、前認定の事情のもとで控訴人が今更本件係争地の明け渡しを求めることが信義則に悖るとされるのは格別、控訴人において配分処分を変更する処分の不存在ないし無効を主張することが信義則上許されなくなると解することはできないし、当該処分の瑕疵が治癒されたと認めることもできない。

結局、本件において土地の配分通知書による配分処分は有効に変更されておらないというほかはない。

従つて前記第一項記載の事実により、昭和四三年三月三一日付の竣功通知によつて被控訴人は横割りによる四三番一号の土地を、控訴人は同じく四四番一号の土地を、それぞれ原始取得したというべきである。

三  本訴について

1  被控訴人の主位的請求について判断するに、既述のとおり、被控訴人は本件係争地の所有権を取得したということができないので被控訴人の本件係争地についての所有権の確認及び右所有権に基づく妨害予防の各請求はいずれも失当として棄却すべきである。

2  そこで被控訴人の予備的請求について検討するに、被控訴人は本件係争地につき控訴人との間で交換契約が締結された旨主張するところ、前記第一、二項認定の事実関係のもとにおいては、担当職員らの説得により、県営圃場整備事業を実施するうえで配分を受けるべき土地の区割りを横割りから縦割りに変更することを控訴人と被控訴人とが承諾し、昭和四三年二月頃縦割りによる配分地を被控訴人の同意のもとで控訴人が優先的に選択することにし、控訴人は縦割りによる四四番一号の土地を選択し、その頃被控訴人はこのことを了知したのであるから、右被控訴人が控訴人の選択の結果を了知したときに、被控訴人と控訴人との間で、控訴人において将来取得すべき本件係争地と被控訴人において将来取得すべき別紙図面(一)のヌホヘトヌを順次結ぶ直線内の部分の土地とを交換する旨の契約が締結されたと解するのが相当であり、被控訴人と控訴人とがそれぞれ交換すべき土地の所有権を取得したことは既述のとおりである。

もつとも、本件係争地は農地であるから、右交換契約は直ちに効力を生じるものではなく、農地法三条所定の許可が条件となるものである。従つて控訴人は被控訴人のため竜北町農業委員会に対し、本件係争地につき農地法三条の所有権移転許可申請手続をなすべき義務を免れず、被控訴人の予備的請求は理由がある。

四  反訴について

控訴人が本件係争地を現に所有していることは既に述べたとおりであり、本件係争地につき所有権の確認を求める控訴人の請求は理由がある。しかしながら本件係争地の明け渡しを求める控訴人の請求については、被控訴人が本件係争地を占有していることは当事者間に争いがないけれども、控訴人は不承不承とはいえ縦割りへの割り替えを承諾し、その際県に求めた四四条二号の土地の盛土の約束等の履行を受けていること、控訴人は被控訴人に優先して割り替え後の土地を選択したうえ、昭和四三年一一月に共同作業が終了した後、縦割りによる四四番一号の土地を耕作し、あるいはこれが自己の所有に属することを前提に休耕奨励金の交付を受けたこと、県営圃場整備事業が割り替えを前提として実施された結果、横割りによる四三番一号の土地の現在の状態は、その水利施設等の点で他の土地に比し極めて不利になつていることなど、前認定の事情のもとにおいては、本訴の予備的請求について判断したように本件係争地の交換契約の効力が生じていないとはいえ、控訴人が被控訴人に対し本件係争地の明け渡しを求めることは信義誠実の原則に照らし容認できないというべきである。この点についての被控訴人の抗弁は理由がある。控訴人の本件係争地の明け渡しの請求は失当である。

五  結論

以上の次第で、被控訴人の本訴請求のうちの主位的請求と控訴人の反訴請求のうちの本件係争地の明け渡しの請求は、いずれも失当として棄却されるべく被控訴人の本訴請求のうちの予備的請求と控訴人の反訴請求のうちの所有権確認の請求は、いずれも正当であるから認容すべきである。よつて、控訴並びに付帯控訴に基づき右と異なる原判決を変更することとし、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、九四条、九二条、八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 美山和義 前川鉄郎 川畑耕平)

別紙 目録、図面 <略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例